「させていただきます」の距離感
いわゆる「顧客への有償サービス」としてのメール文章を、書く側に立っている。最近、特別にへりくだる気持ちはないのに、「〜させていだたくために」「〜させていただきます」が自分の文章に発生しているのに気づく。もちろん、丁寧さを示すためで、そうなりすぎないように心がけてはいたものの、あらためて読む側に立つと、これどうだろうか?と考えた。
- 設定Aが適切かどうかを把握させていただきたく、下記BとCの確認をお願いできないでしょうか。
- 設定Aが適切かどうかを把握したいため、下記BとCの確認をお願いできないでしょうか。
- 設定Aが適切かどうかを把握したいため、下記BとCの確認をお願いします。
- 設定Aが適切かどうかの確認のため、下記BとCの確認をお願いします。
仮に、読む側(問い合わせを行い、得たい情報=求めていた回答を期待して読む側)に立つと、
- 4で充分。「確認」が続くのでちょっと避けたいが、読んでみて不自然さはない。
- しかし、実際は2や3を書いているケースが多く、
- 自分の中の「敬語使いたいバロメーターの振れ幅」が大きいときは、勢い余って1を書いてしまうことも。量をこなすフローの中にいると、質に気を回す余裕が減ってしまうときもある。
考え直すと、以下のように感じているのが原因だ。
- 4と3の違い:「こちらで直接の把握はできない設定Aなので、把握というよりは確認か」のニュアンス
- 3と2の違い:「確認点が2つもあって恐縮ですが、お願いします」のニュアンス
- 2と1の違い:「把握したいのはこちら側だが、その対象は(先方がより詳しいはずの)先方の環境についてであって、わざわざすいませんが教えてください」のニュアンス
メールとはいえ、読むのは人間であり、あくまでコミュニケーション上の気遣いを「させていただきます」に加えたつもりが、いわゆる慇懃無礼な形式に化けてしまう。こういう記事もあるし、単純には、
- 機械的に「させていただきます」「お願いできないでしょうか」を使用しない
で対処できるので、気をつけようと思う。英語では、用件として4をストレートに書けばよく、321の遠回しな表現は不要だが、このことは別エントリーで。