always one step forward

IT寄りの日常・IT以外の日常。ランニング。美術展や展示会感想。長文でもなるべく読みやすく構成する練習を兼ねています

3と3つ

未だにたまに思い出す「ああ、子供が言葉を覚えていくのはこういうことなのか〜」という話。


正月の帰省中に姪たち(妹の子供)と遊ぶ。年1−2回の顔合わせだけど、名前と顔を教え込んでくれているのか、だんだんと覚えてくれているみたいだ。

大きめのカレンダーサイズくらいの紙でできた、ワンピースの双六。駒とルーレットを厚紙から切り出して自分で組み立てる。

  • 駒はルフィやらナミやら6人くらいから選ぶ(ナミがいいと選ぶところはやっぱり女の子)
  • ルーレットは、「丸く1〜6が書かれたルーレット板の厚紙」に、「いくつ進むか?を指す矢印部分の厚紙」を傘のように折り曲げてかぶせる。息を吹きかけると矢印がくるくると回って止まる仕組み
    • 小さい子にとってはこの動きがおもしろいらしく、最初はうまく回せないのだけれど、何回か試すうちに綺麗にくるくるするようになり「わあ6出た〜」という感じ
  • 双六はひたすら進む単純なもの - たとえば「もう一度ルーレット回して奇数が出たら3進む」とかもないパターン - ながら、ルーレットを回し、出た数字に応じて自分の駒を進める、ということ自体に、とにかく興味津々な様子だった(結局3周した)

3と3つ

で、「3と3つ」は何かというと、3が出たときに3つ進めるのだけれど、「はい、みっつ進めて」と言ってもきょとんとしている。ああそうか。いち、に、さん、‥はよく知っていても、まだ、ひとつ、ふたつ、みっつ‥という呼び方は知らないのか、と気づいた。一緒に駒をいち、に、さん、と動かすと難なく理解していた。

しっかり教える/教えないの話ではなく、どんな言葉でも、そういう時期がたしかにあるんだろうなあと。思い起こせば、「ひとつふたつみっつ」を、自分がいつ、どうやって覚えたかなんて思い出せない。(まあそれでいうと、いちにさんもそうだけれど)機械的に言えば、言語を教える役割の一部は、保育所、幼稚園、小学校、にもあるのだろうけれど、やっぱり家庭の中でやりとりされる言葉も大事なんだろうな。

親は、大人とはいえ、親の役割をつとめるのは初めての経験なのがほとんどで、何をどのタイミングでどう教えるか、という小さい課題解決の連続なのだろう。まだ経験がないけど、苦労でもあり、楽しみでもあるのだろうな。ともかく、いろんな言葉を何かのきっかけごとに教えてくれた両親に感謝しなければならない。

おまけ:すごろく画像

検索で時間かかった、、ショウワノート「ワンピース すごろくふくわらい」という製品のようだ。たしかに福笑いもついてた。公式ページには内容がなかったのネットショップの画像を: ショウワノート ワンピースすごろくふくわらい

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