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always one step forward

IT寄りの日常・IT以外の日常。ランニング。美術展や展示会感想。長文でもなるべく読みやすく構成する練習を兼ねています

2013.12.24 ニコライ堂の降誕祭

daily

今朝マンションのエレベータで、親子連れの人と一緒になり、そのおそらく2歳くらいの男の子が、なぜかこちらにくしゃっとした笑顔を向けてくれた。なんか知らないけれどそこで、ああもうすぐクリスマスかと思い出した。

普通に仕事をして、連休明けのばたばた感は夕方すぎにようやく落ち着く。「ご自由にどうぞ」の箱にたまり始めた来年用のカレンダーにちらっと目をやりつつ、夜の退社時間をまたぐころ、昨晩寝る前に見て気になっていた記事を思い出す:

建築で巡る東京の教会 - Time Out Tokyo (タイムアウト東京)

(これは2010年の記事)降誕祭の時間帯も含め行きやすかった、御茶ノ水駅から歩けるニコライ堂へ行ってみた。キリスト教信者ではないけれど、どなたでもどうぞとあったので、まあ問題ないでしょう。

音はあるけれど静かな時間

儀式が始まった頃に到着、\200を払い30cmほどの(けっこう長い)ろうそくを受け取る。

大聖堂の文字通り、中はかなり広い石造の建物。見上げると円形ドーム状の鐘楼があり、すでに始まっている賛美歌がよく響いていた。正面奥にキリスト画が、頭上のシャンデリアの飾りにはよく見ると十字架があしらわれ、ああここは教会だなとわかる。

聖歌隊は10名弱、みな私服。正面に向かって右側に配置され、男声女声とも(どちらかといえばテノール系の)いい声が出ていた。

司教は10名ほどいて、儀式途中で奥から姿を現す。中心にいる数名は白系、周囲でサポートする人は黒系の、立派な祭服を着ている。後で調べると、やはりというか、宗教ごとにその色に意味があるらしい。

この司教が放つ祈祷の声が、また朗々としてよく響く。仏教各宗派の「お経」になんか近い。慣れたお坊さんのそれは、アナログな音楽のように聴こえることがあるけれど、まさにあの雰囲気に近い。響く声はたしかに日本語なのだけれど、正直内容はよくわからなかった。要は降誕をお祝いしているんだなと。内容不通であることが、逆に音楽としてだけ聴かせてくれたのかも。

聖歌隊の歌声+司教の祈祷の声が響き渡り続ける。音としてはそれだけ。聴く側はずっと静かな気持ちで聴いている。音はあるけれど静かな空間。

全員がろうそくを持つ静かな空間

集まった人はざっと250人くらいか。思ったより多い。老若男女、外国人もちらほら、僕のように1人参加組もけっこういるようだ。前のほうに立つ人は時おり胸の前で十字を切っている。右手で、左→右→上→下のようだ。そうしている人は全体の2割くらい。つまり洗礼を受けていない、あるいは信者ではない人のほうがこの場では多数派という感じだ。

後半は、手にしたろうそくに火をもらった。司教が前列にいる人にろうそく伝いで、後ろにいる人へろうそく伝いで炎を渡して行く。

数分のうちに全員が灯されたろうそくを手にしていた。手にしたまま、聖歌と祈祷は20分ほど続いた。参加者は誰も何も言葉を発しない。この光景と時間は、おそらくしばらく忘れることができない。

※ ↑これらの写真は外にあった献灯場所のものです(建物内は撮影禁止でした)

世界史の復習機会にもちょっとなった

この日本正教会は「ロシア正教の流れを汲むけれど、ロシア正教そのものではない」とのこと。これは知らなかった。

高校世界史の知識(ああ山川の世界史が懐かしい)からだけでも「キリスト教は1つではない、地域 and/or 時期によっていろいろ」なのはよくわかる。ユダヤ教プロテスタント、カトリック、イギリス国教、ピューリタンなど "メジャー/中堅どころ" の脇を走るように、ギリシア正教ロシア正教のこともちらっと出てくる。イスラム、仏教を含め、宗教の軸に文化や政治体制を交わらせるとけっこう理解しやすい。

特にビザンティン建築の充実ぶりはなかなか読み応えがある。修復が入っているとはいえ、こういう建築が都内で見られるのも貴重。

とかなんとかを思い出しつつ、塩野七生さんの「コンスタンティノープルの陥落」を一生懸命読んでいた高校の頃も思い出した。こんな日でもなければ、わざわざ正教会に赴くこともなかっただろうと考えると、そういう"復習"ができたいいきっかけだったかも。

もういちど読む山川世界史

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コンスタンティノープルの陥落 (新潮文庫)

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