2015/03/26 毎日メディアカフェ「校閲記者の仕事」
現役の校閲記者が自らの仕事を語る、という機会があったので参加した。
今回の記者報告会「校閲記者の仕事」案内ページより:
みなさん「校閲」ってご存じですか。文字の誤りをはじめ、事実関係や内容にも踏み込んでチェックする仕事です。「記者」とはいっても、取材するわけでも書くわけでもなく、受け身で地味な仕事です。
そんな仕事の悲哀、いいえ、それだけではなく、面白さ、楽しさ、やりがいをお話ししたいと思います。
日々発行される朝/夕刊の日本語表現を裏支えする"番人"という印象を持った。この言葉が印象的だった:
- 「マイナスをゼロにする仕事」
- 「どちらの表現がよいか?など迷うことが多い。けれど迷うことが好きでこの仕事を続けている」
前者は、誤表記や脱字ありきで(=マイナス)修正していく中で、仮に1ページに10箇所あったとして、それらをすべて見つけて当たり前(=ゼロ)、プラスにはならない。もちろん「9個だから惜しかった」ということにもならない。プロの世界だなあ
校閲記者とは
そもそもどんな仕事をするのだろう?ちょうど採用ページに仕事紹介のわかりやすい文章があった:
校閲記者は、新聞紙面に間違いがないかをチェックする仕事です。
「最後の編集者」でもあり、「最初の読者」でもあります。紙面制作の最終関門として正確な紙面づくりに取り組んでいます。
具体的には、
(1) 表記基準に合致しているか
(2) 誤字・脱字はないか
(3) 事実関係の誤り・矛盾
(4) 固有名詞や数字の確認
(5) 見出し、写真説明、グラフの整合性
(6) 関連各紙面の統一性
などをチェックしています。
今回の講演や練習問題で(1)〜(5)の実例がよくわかった。(6)はたしか無かったけれど、単純な表記チェックよりは高度な作業なのだろうなと推測できる
前半:講演
平山 泉さん:1992年入社、2年間の大阪赴任期間以外はずっと東京本社で、校閲記者として勤務。今は「デスク」という立場とのこと
記事が出来るまでの流れ
- 取材記者 → 校閲 → 編集およびWeb版記事 → 最終版
- 以前はもっと後のほう、最終版に近い部分で校閲を入れていたが、最近は早い段階で入れるようになってきたとのこと
- 確認はしていないけれど、もはや当たり前になったWeb版の存在があるかもしれない。速報性が求められる一方、やはり新聞社として公表する文章であることに変わりはない
- 締め切り時間が過ぎた後に(校閲が必要な)原稿が来ることもある
校閲、こんなケースがありました
取材記者はいまやほぼパソコンで記事を書く。主として漢字変換ミスを理由に、いろいろな校閲対象がありましたねえ、というお話
変換ミス
- 警察「署」を「暑」と書いてしまう(記者本人はもちろん「署」と書いたつもり。気づかない)
ただ、もう少し高度な判断が必要な - つまり日本語表現として選択をかなり迷う - ケースもいろいろある:
募金する
- 「(寄付などで)お金を募る」
- 「お金を寄付する」
この両者はまったく逆の動作で、字の意味を考えれば前者だけれど、現在は後者の意味で使われることが多い。
業界関係者の懇談会では、テレビ業界の人は後者寄り、新聞業界の人は「文字で伝えるのでちゃんと前者で伝えたい」と意見が分かれたとのこと。同じ「募金」という簡単な表現でも、話者の価値観や立場によってこうも解釈が異なる、という事例でおもしろかった。
今の仕事は、用語辞書に関連している。「ユーザ」vs「ユーザー」など、表記揺れをどう扱うかの課題はかならず発生する。機械的なルールを作り深く考えずに寄せる、という考え方もあるけれど、言葉のプロでも「募金」のように迷うのであれば、もう少し柔軟に考えてもよいかもしれない、と感じた。
挙党体制 vs 挙党態勢
あらためて見れば、どちらもあり得る。民主党政権時代、とあるニュースにおいてどちらを使うか?社内でけっこう議論し、意味に応じて柔軟に選べばよいのでは、と決めたとのこと
- 来たる選挙へ向け「挙党態勢」で取り組む
- 政権運営において一枚岩を目指す「挙党体制」を敷く
たしかに微妙。逆に「来たる選挙へ向け挙党体制で取り組む」でも違和感はない。それくらい、選択には迷いがちなケース
個人的に思い出したのは「標記 vs 表記」:
- メールの表題を指して「標記について〜」と書く
- いわゆる字面 - 日本語表記、英語表記 - のときは「表記」
自分自身は厳密に分けているけれど、Web上の文章には混在が見られる。
二足のわらじ
両立しえないような二つの職業を同一人が兼ねること。特に、江戸時代、博徒が捕吏を兼ねることをいう。
以前はこのようにあまりよくない意味(博徒が捕吏を兼ねる、正反対の仕事)だったけれど、今はどちらかというといい意味で使われる。2007年「毎日新聞用語集」に加えたとのこと
いずみ vs いづみ
本名は「いづみ」表記なのでこれを通したかったのだけれど、現代かな遣いでは「いずみ」だけが認められているらしい(知らなかった)
本名なのに使えない、かなり悔しいという感覚があったとのこと
事実関係はしっかり確認
- 固有名詞(人名、地名など)
- 数字(国家予算、年の表現など)
葉月里緒奈、真矢ミキ
原稿に「真矢ミキ」とあり、「いや"みき"でしょう」と確認したら「ミキ」で合っていたというケース。自分の記憶がちゃんとしていても、確認を怠れないということ
ネット上の情報
「ずいぶん調べやすくはなったが、その情報が確かだろうか?"確からしいかを確認する"作業が大変」とのこと。たしかに
地名一覧作成は、震災報道に活きた
2010年度、市町村大合併が落ち着いたので、他部署(デザイン室)と協力して一覧作成を地道に行った。2011年3月の震災報道で大きく役立ったとのこと
「普段は地味な仕事だけれど、このときはやってよかったという感覚が大きかった」
読者の目
校閲する記事の分野について、記者ごとの分担=無いとのことだった。
広く浅く、"読者の目"を持ち続ける意味もある(知りすぎてもいけない)と聞き、これはなるほどと思った。
後半:練習問題
わざと校閲対象の箇所をいくつか残した"ダミー紙面"が配られ、「この中からおかしい部分を探してください。よーいスタート」
‥ 80-100名ほどいた参加者がじっくりと紙面に視線を落とす。10分前後だっただろうか。まあ、見つかったものもあるけど、ほとんどわからなかった。
この写真↓は最後に配られた正解入りのもの。「仮説住宅」など、いま見れば明らかに間違いと気づくのに、校閲が入っていない紙面の状態だと、びっくりするくらい気づかない。
最初に「遠田教授」と登場した人が、同じ記事の後半では「遠山氏は」となっていたり。ありえないケースだけど、新聞記事の体裁で見ると気づかない。
「安部普三」いかにもすぐ気付きそうな誤記。これも、新聞の紙面で流して読むと気づかない。
もちろん個人差はあって、「得意です」という様子で次々と手が挙がり、校閲箇所を指摘する参加者も複数いた。
僕はたぶん苦手な方で、あと30分あったとしても、全部見つけられたかどうか自信がない。それだけ、無意識に新聞紙面の文字や表現を信用・信頼している自分に気づいた。
こうやってなんとなく眺めていた紙面。無意識な信頼の裏には、今回知ったような、校閲のプロセスがあり、校閲記者の存在がある、ということがわかった。
「毎日新聞用語集」
校閲作業には、常に「毎日新聞用語集」を手元に置かれているとのことだった。
誤記とはいえない微妙な日本語表現についてジャッジできるよう、一定のルール、あるいは拠りどころを収めているとのこと。
練習問題の答え合わせの時間、質問者が指摘した表現に対し、「いや毎日新聞では〜という基準を取っているので合っています」と毅然と回答する場面があった。やっぱり"番人"だ
http://blog.mainichi-kotoba.jp/2014/11/blog-post_8.html
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