東京マラソン2014:未経験からの完走記 - 当日編 2 of 2
2014/02/23(日)東京マラソン完走記、当日編1の続きです。(完走記の目次はこちらです)
品川折り返し〜ゴールまで
品川折り返し(約15km)〜浅草折り返し(約27km)〜東銀座・歌舞伎座(約35km)
この品川→浅草間は、都心の10km超を南西から北東へ抜けるコース。あの銀座〜日本橋も含まれる。楽しみ!
と思っていたのだけれど、実際きつかったのはこの区間だった。南から日比谷交差点へ入り、東へ折れ、JR高架をくぐる手前がちょうどコースの半分(約21km地点)、そのあたりからがきつかった。
給水はまめにあり空腹感もまだなく、トイレも大丈夫だった。姿勢よく気力もあり、上半身は軽いのに、足が重い。歩いてしまうと楽、その楽さに甘えてつい歩いてしまう。練習での最長が20kmだったことも、負の係数となって掛かりはじめた感じ
- BMW自転車。救護チームの2人も合わせて絵になります
- 折り返し後、日比谷通りを北上し、増上寺前で東京タワー
- このあたりから、けっこう歩く人の割合が増えてくる。歩いている人を見ると歩きたくなる。走るにしてもほぼジョギングペース、キロ7分半前後。しかし歩くよりは前に進むので、気合い入れて前へ前へ
- 水天宮前。沿道の皆さんの表情は明るく、声も元気。自分自身の状態との差をかなり感じる。。
- 関羽様(のような台湾の聖人らしき誰か)にまた会う。鈴の音がいいリズムだった。30km〜はときどき立ち止まる姿も見られた。しかし、軽量化しているだろうけれど、この人形つけながらは立派
- 遠目にスカイツリー。若干、遠足気分
「30km地点からがスタートです」練習会で教わったこの言葉は、かなり助けになった。このコースの場合、浅草折り返し後の浅草橋付近が30km地点。「そこまでは言ってみれば"観光/移動"です」
しかし実際はその浅草橋に至るまでに、足にかなり来ていた。「そりゃ単なる移動で終わるわけないよな〜」「やっぱり甘くないか、、」給水所でのアミノバリューがありがたかった。
加えて、17km地点から給食も豊富で、地点によってバナナ、トマト、パン、ブドウ糖、チョコレートがとりやすい形でふるまわれる。特にトマトがおいしかった。給水/給食が見えたら歩き出し、ゆっくり立ち止まり屈伸もして、回復して走り出す、の繰り返しだった
- 折り返したあと、二度目の日本橋。高島屋前。去年はこのあたりから沿道で眺めていたなあ
- 写真右側はもうだれも走っていないのだけれど、びっくりしたのはその道の綺麗さだった。紙コップなどが散乱していたはずだけれど。ボランティア皆さんのなせる業。これを見て、この大会の完成度の高さをまざまざと実感して、気が引き締まった
- 東銀座の歌舞伎座前。このあたりは、辛いという感情さえなんか薄くなり、ただただ、歩くかジョギングかで、前に進む、という"修業"状態だった
築地(35km)〜佃大橋〜豊洲(38km)
- オレンジ色のジャケットは、アミノバリュー担当の給水ボランティア皆さん。このあたりからは、一カ所の給水所でも、前半部分はテーブルを片付け、後半部分だけで給水するようになっていた。しかし遅めのランナー向けにもボランティアメンバーは残り、声援に特化して残ってくれていた。ただただ感謝
- ちらっと目に入るメッセージはいくつかあったけれど、特にこの「ビッグサイトが待っている!」は特に支えになった。ベタな内容だけれど、この状態ではこういうシンプルなメッセージがめちゃくちゃ響く
ほかに嬉しかったのは、たしか30km付近の給水所スタッフによる「あと2kmで、給食だ〜!」という叫び。こう書くと、応援という感じではないのだけれど。多分この人はランナー経験があり、この距離地点での気持ちをよくわかった人だろうな。「がんばれ〜」も「あと○km〜」もよいのだけれど、走る側の気持ちに立った声かけとしては、個人的にはNo.1だった。未だにその声を思い出して嬉しくなる
いろいろ思い出してきて何か文章が多くなってきた気がするけどかまわず
- 長い上りが数百m続き、「最大の難所」とされている佃大橋がいよいよ眼前に。写真の奥に、明らかな上り坂、そこを埋めるランナー(もしくはウォーカー)たち
- 難所と理解され、沿道皆さんの数も多い。子供たちからおばあさんまでが見守っている。自分を特定して応援してくれているのではない。けれど「ランナーたちという集団」+「ランナーたちを応援する集団」、その一方に自分がまちがいなくいる、という状態を実感できて、この坂の前ではちょっと涙が出てしまった。まさかこんな感情になるとは思わなかった
- 上りは迷わず歩きます
- いつのまにかすっかり晴れた
- 大橋というからには平らな部分も多い。「37km」の字が見え、あと5kmなどと逆算できるようになると、なぜかこのあたりから気力が戻ってきた−いや、気力だけはずっと切れなかったのだけれど、動かない足の辛さがなぜか減ってきていた。ジョギング状態が続き、歩く皆さんをかきわける状態に
- 後ろを向いて様子をうかがう余裕も少し
- 24時間営業のイオン。「このまま右へ曲がらず、店に入って冷たいコーヒー2杯くらい買って座り込みたい」の気持ちがこもった一枚
- 月島→豊洲の間にある春海橋。ここも地味ながらけっこうな上り。迷わず歩きます
〜ゴール(42.195km)
- 「40km」
- 「東京ビッグサイト」文字が標識にあらわれた
- ここまで来ると、ずっと歩き続けても何とか制限時間内、という感じなので、ほぼ歩きに徹する人たちがほとんど。そんな中ジグザグとジョギングして追い抜く
- この人はゼッケン「A」、つまりマラソン経験豊富、姿勢もかなりよく、元気そうだったのにこの位置だった。きっとアクシデントがあったのだろう。ここまで来ても周りに合わせず歩かない気持ちは大事、とこの人を見て思った
- だいぶ海沿いの地名になってきた
- 「あと1km」このあたりはもう、足はまったく止まらなかった
- 「Last 195m」
- 6時間少し経過
- 見えた!
- 澄んだ空とスタンドの人々
- ゴール!
- ゴール通過後!
- このお2人もほぼ同じタイミング。おじいさんは背中に「仙台復興 77歳」とあった。おばあさんは喜寿(同じく77歳)背中を曲げ体をくねくねさせながら、しかし確実に前に進む走りだった。素直にすばらしい
- この関羽様(のような台湾の聖人らしき誰か)はネットタイム5時間43分。10分くらい負けた。コスプレランニング、脚力に自信なければほぼ無理と実感
- フィニッシュ後によろよろと歩くと、自然とランナーサービスの列へ。まずこの完走メダル、ボランティアさんに首にかけてもらう。どうもありがとう
- 次にタオルをかけてもらう
- タオル。FINISHERの文字が感慨深いです。生地もけっこう丈夫
- 某ロックスターのライブ会場の雰囲気
- アミノバリュー500ml。ありがたい
- スタート地点で、決められた袋に入れて預けた手荷物。番号ごとにビッグサイトに運ばれている。ボランティアさんと最後にお世話になるのは基本的にここ。ありがとうございました
- 品川駅のスープストック東京でこれ。ビール+カレーとかめったにいかないけど、まあこういうときくらいは
- 公式サイトからタイムを確認。Finishでのスプリット()内 5:53:12がネットタイム。何となく6時間を念頭に来たので、結果的には目標通り。まあタイムよりも、とにかく完走できたのがよかった
- 「ラップ」を5で割ればキロあたりのペースが出る。序盤キロ6分半、後半はもう歩いたりでキロ8-9分。当然、歩く時間を減らせれば後半のペースは少しでも上がるわけで、次への(別の大会でも)目標となりそう。まあでも、ハーフくらいがちょうどいいかもしれない
- まさかで始まったマラソン参加、いろんな地道な積み重ねでここまでやれることがわかり、とてもいい経験だった
- 初心者向け練習会でアドバイスいただいた牧野さん、そこで知り合い楽しく練習できた山田さん。当日運営に関わられたボランティアの皆さん。周囲にはほとんど参加を明かさなかったけれど、両親をはじめ激励メッセージをもらった人々に感謝。m( )m